グローバル化が進んだ現代、医薬品開発の世界でも、英語を用いた情報収集、コミュニケーションの高いスキルが要求されます。
新薬研究の企画業務を担当する私の目線で、英語のスキルが要求される場面を3つ挙げるとすれば、こんな感じです。
- 英語での学会発表・学術論文からの情報入手
- 大きな市場である米国やEU諸国の医療環境の把握
- 海外の企業・大学とのコラボレーション
この記事では、この3つの場面について分かりやすく説明することで、「企画業務でどのような英語のスキルが使われるか」をイメージできることを目標にします。
英語での学会発表・学術論文からの情報入手
新薬の研究開発では、新規研究テーマのアイデア、プロジェクト実行上の課題解決のための新規技術、などを考える際に、科学技術に関する幅広い情報が必要です。
科学技術の知見は、学会における研究発表や学術論文によって世界に公開・報告されており、学会や学術論文は、情報収集の重要な手段となっています。
学会や学術論文で得られる情報の例
- 病気のメカニズムに関する基礎研究、
- 病気の診断に関する新技術
- 競合他社の新薬候補の臨床試験結果
- 病気の治療方針に関する指針(ガイドライン)の改訂
国際学会や学術論文では、共有のコミュニケーション言語として英語が用いられており、これら情報元から情報を得るには、英語のインプット(リーディング、リスニング)に関するスキルが必要です。
学会では、プレゼンテーションを聞き取るリスニング能力と、プレゼンターとの質疑でのスピーキング能力が必要です。
学術論文を読む際には、関連論文も含めた複数の論文の全容を素早く把握し、必要な内容を正確に理解するリーディング能力が必要です。
これらの能力は、オンデマンド配信を用いたプレゼンテーションの視聴(スピード調整や聞き直しが可能)、DeepLなどの高性能翻訳ツールの使用、などの工夫でカバーできるようになりつつあります。
ただ、実際に使ってみると分かるのですが、DeepLでも構文解釈のミスや翻訳の省略があったりします。
「これらのツールが正しく使えているか」を把握するには、ある程度の英語のスキルが必要です。DeepLがあるからと言って、英語のスキルアップの意味がなくなったわけではないのです。
また、翻訳の正確性を判断するには、文章の背景にあるサイエンスの知識が役に立つことも多いです。新薬開発に関する広く浅い知識は、英語のスキルをさらに高めるのに役立ちます。
大きな市場である米国やEU諸国の医療環境の把握
新薬の研究開発には多額の費用と時間がかかります。しかし、臨床試験の最終段階で、有効性や安全性の観点から開発が中止されるなど、成功確率は高くはありません。
そのため、新薬開発では、新薬の売上予測が非常に重要です。新薬が無事売り出されたとしても、売上が少なければ開発コストを回収することができないからです。
新薬の対象となる主な市場は、米国・EU諸国・日本です(「3極」と呼ばれます)。
というのも、これらの国々は、人口が多く、新薬の開発や使用に必要な医療基盤が整備されており、多くの患者に速やかに新薬を提供できる環境を有しているからです。
したがって、新薬の売上予測では、まず米国・EU諸国・日本が対象となります。予測をするには、それぞれの国の医療環境や、医師や患者のニーズを理解したうえで、新薬がどの程度市場に受け入れられるかを考える必要があります。
医療環境の把握には、様々な視点から情報を収集する必要があります。もちろん、海外の情報については、情報は英語で書かれています。
医療環境の把握に用いる情報と情報ソースの例
患者数の推移 | 疫学に関する学術論文、行政機関の統計 |
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診断基準 | 学会が策定した診断ガイドライン |
治療法、治療薬 | 学会が策定した診断ガイドライン、医師へのインタビュー |
薬価(薬の値段) | 行政機関、保険期間 |
臨床試験の実施 | 行政機関が定めたガイドライン |
これらの情報をまとめたデータベースはありますが、ガイドラインの詳細な内容や、ガイドライン策定の根拠となる学術論文などを把握するには、大量の英文を読む必要があります。
また、病気の診断や治療法のガイドライン策定に大きな影響を与える医師(Key Opinion Leaded; KOL)へのインタビューから情報を入手することもあります。この場合は、インタビューを行うこともあり、リスニングやスピーキングのスキルが必要です。
海外の企業・大学とのコラボレーション
新薬の研究開発で海外の企業・大学とコラボレーションする理由は、大きく分けて2つあります。
- 課題解決のために新規技術を導入したり、共同研究を行う
- 開発品の臨床試験・商品化を共同で行う共同開発
課題解決のための新規技術導入や共同研究
新薬の研究開発の過程では様々な課題が発生します。
新薬のアイデアをたくさん集めたい、ヒトの病気への有効性を精度高く見積もりたい、作業員の作業量をできるだけ減らして新薬候補化合物を見つけ出したい‥
これらの課題が自分たちだけで解決できない場合、社外技術を利用・導入することは、頻繁に行われています。
このとき、対象となる企業・大学は、国内・海外を問いません。海外企業であっても、研究員派遣などを通じたコラボレーションで密接な関係を築きます。
開発品の臨床試験・商品化を共同で行う共同開発
先に書いた通り、新薬の対象となる主な市場は米国・EU諸国・日本です。これらの国での新薬の製造販売の許可(承認)を得るには、これらの国々で臨床試験を行う必要があります。
しかし、内資系企業の多くは、大規模な臨床試験を複数の品目で複数の地域で同時に行う体力を持っていません。したがって、海外での臨床試験は、海外企業との共同開発下で行なうことが多いです。
共同開発は、開発費の負担を分け合う一方、コラボレーション相手に特定の地域での販売権を与えます(導出、ライセンスアウト)。コラボレーション相手が得た販売利益の一部は、ライセンス費用として支払われ、重要な収入源となります。
コラボレーションと英語スキル
コラボレーションの準備(計画立案、契約条件交渉)や運営(研究員派遣手続き、方針策定のための会議)では、企画部門が会社としての窓口となります。
そのため、海外とのコラボレーションを担当する場合には、英語の4つのスキル(リーディング、リスニング、ライティング、スピーキング)の全てをフル活用することになります。
ビジネス英語の研修や、プライベートでの英語学習によって、英語のスキルを高めることは十分可能です。そこに、実務の中の成功や失敗からの経験を加えることで、スキルアップの速度が飛躍的に伸びるのだと思います。
まとめ
新薬の研究開発は、グローバル市場を相手にして行われることから、英語を用いた情報収集、コミュニケーションの高いスキルが要求されます。
企画部門では、国内・海外を問わず、情報収集やコラボレーションの準備・運営を、英語のスキルをフル活用して行っています。