新薬の作り方

新薬研究のアイデアを生み出す3つの考え方

研究所では、常に新しい研究テーマが誕生します。新薬開発は成功確率が低いので、途中で開発失敗に終わる例も多く、常に、ある程度の研究テーマ数を維持する必要があるからです。

研究所の新しい研究テーマって、どうやってはじまるの?この記事では、研究所の生命線と言える新規プロジェクトがどのように始まるか、その過程での企画部門の役割について、企画部勤務経験をもとにわかりやすく説明します。新規プロジェクトの始まりから計画策定に至るまでの過程、研究員の作業仮説の策定、作業工程やスケジュールの設定、企画部門が担当する役割、そしてプロジェクトの提案と承認について詳しく解説されています。...

それでは、これらの新しい研究テーマのアイデアは、どこから生まれるのでしょうか?
新薬研究のアイデアを生み出す際の代表的な考え方は、以下の3つです。

  1. 「病気と正常の違い」を見つける
  2. すでに使われている薬の欠点を改善する
  3. ドラッグリポジショニング

この記事では、これらの考え方についてわかりやすく説明します。これらの考え方を知ることで、研究員や企画部門が、日頃どのような情報にアンテナを張っているのかを理解できるようになります。

「病気と正常の違い」を見つける

新薬の研究開発は、「病気のメカニズムを知る」ことから始まります。

病気では、生理機能に関わる生体内分子(酵素や受容体などのタンパク質、ホルモン、神経伝達物質など)の機能や量が変化して、好ましくない身体機能の変化が起こります。

つまり、病気を治療するには「変化した生体内分子を正常な状態に戻せば良い」ことになります。

というわけで、新薬の研究開発では「病気では、正常な状態と比べ、どの生体分子のどの機能がどのように変化するか」、つまり「病気と正常との違い」に着目します。

例えば、糖尿病の場合を考えます。

糖尿病は、血糖値(血液中のブドウ糖の量)が高い状態が続く病気です。病気の進行により、腎臓、目(網膜)、血管の機能が低下することで、腎臓病による人工透析、失明、血行障害による足の切断などの重大な結果をもたらします。

糖尿病での「病気と正常の違い」の例として、膵臓から分泌される血糖値を下げるホルモン「インスリン」の量や、インスリンの血糖降下作用の強さなどが挙げられます。

インスリンがの量が減っている場合は、インスリン量を増やすメカニズム(インスリンを注射する、膵臓からのインスリンの分泌を増やす)に着目します。

一方、インスリンの血糖降下作用が弱くなっている場合には、インスリン量を増やしても効果が弱いため、インスリンの機能を上げるメカニズム(インスリンによる細胞内変化を大きくして、インスリンの作用を助ける)に着目します。

「病気と正常の違い」を生み出すメカニズムの解明は、大学などの研究機関の役割です。そして、研究機関の研究成果を、研究テーマを通じて治療薬という形に仕上げるのが、企業の役割です。

そして、研究所の企画部門は、研究機関と企業をつなぐ仕事をしています。

すでに使われている薬の欠点を改善する

世の中では、様々な病気の治療に、たくさんの種類の薬が使われています。

しかし、これらの薬にも「欠点」はあります。「今までの薬の持つ欠点の改善」が、新薬のアイデアを生み出すことはよくあります。

ここでは、花粉症の薬である「抗ヒスタミン薬」を例に説明します。

抗ヒスタミン薬は、アレルギー症状を引き起こす「ヒスタミン」という生体内物質の働きを弱め、鼻水やくしゃみなどの症状を改善します。

しかし、ヒスタミンは脳の神経活動を高める作用も持っています。抗ヒスタミン剤が脳のヒスタミンの作用を弱めてしまうと、神経活動が低下して「眠気」という副作用が生じます。

眠気は「生命に関わる重大な副作用」ではありません。しかし、眠気は、仕事や勉強の集中力を低くしたり、車の運転を控える必要があるなど、患者の生活の質(Quality of Life; QOL)は低下させます。

「抗ヒスタミン薬の眠気」は、患者から見ると薬の「欠点」であり、この欠点を改善する新薬開発の試みが数多く行われてきました。

  • 「脳に薬が届きにくくする」ことで、脳に作用しにくく眠気が少なくする。
  • 点鼻薬や点眼薬として、薬を症状が出る目や鼻に直接届ける。
  • ヒスタミンとは関係がない、全く別の生体内物質に着目した治療薬を開発する。

このように、「欠点」を改善するために様々な方法をとることで、患者のQOLを改善する新薬が生まれます。

薬の欠点を知るためには、患者だけでなく、家族などの介護者、医師、看護婦が「何に困っているか、何を望んでいる」を知ることが大事です。

これらの方々のニーズを把握することは、研究所の企画部門の大事な仕事です。

ドラッグリポジショニング

新薬のアイデアを生み出すため、近年、ドラッグリポジショニング(リポジと略されることが多い)と呼ばれる手法がよく用いられます。

ドラッグリポジショニングとは「新薬候補化合物やすでに使われている薬剤について、新しい効果や使用方法を見つけ、本来とは別の用途としての新薬を開発する」手法です。

新薬の研究開発には、非常に長い時間と高額のコストがかかり、成功確率も低いです。臨床試験で、想定していた病気への効果を確認できず、開発中止となることもよくあります。

多額の投資をした新薬候補化合物を、簡単に開発中止にしてしまってよいのか、という議論は当然発生します。

特に、中止となる原因が「副作用」など安全性の問題ではない場合、「効果を示す他の病気があるのではないか?」というアイデアが起こるのは自然です。

ゼロから新薬を作り出す場合に比べ、飛躍的に時間とコストを節約できるドラッグリポジショニングは、新薬開発において非常に魅力的な方法です。

近年は、データサイエンスやiPS細胞などの技術の進展により、以前に比べると非常に簡便にドラッグリポジショニングに取り組むことができるようになっています。

まとめ

「病気と正常の違い」「これまでの薬の欠点」「他の病気での開発可能性」を見つけ出すことが、新薬研究のアイデアを生み出す際の代表的な考え方です。

これらのアイデアは、自分たちの頭の中だけで考え出されるわけではありません。

世界中の研究者、患者、医師などの助けを借り、たくさんのアイデアを研究テーマという形で可視化し、新薬という成果につなげるのが、企業の役目です。

そして、研究所の企画部門は、新薬研究のアイデアを実現するために、さまざまなサポートをしています。

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